【エピソード1】  チョコレートででも組み上げたような三角標
物語りに頻繁に登場する三角標は、明治・大正時代に測量に使われていた高いやぐらのことです。
賢治さんは『銀河鉄道の夜』の原稿を何度も書き直していますが、3次稿とよばれるものに
「チョコレートででも組み上げたような三角標」
という表現が出てきます。この表現から、茶色な丸太を組み上げてできたおいしそうでかわいらしい三角標を作りたくなりました。
写真は展示のために作った280cmの三角標です。
【エピソード2】  「銀河鉄道の夜」の小物たち

電信柱、シグナル、三角標。『銀河鉄道の夜』の世界に登場する小物たちですが、その存在自体が不思議な魅力を持っています。これらに共通していることは、ある役目を持って整然と地面に突き立てられた木の柱、といえます。先端についている碍子や腕木などもチャームポイントです。
それぞれの役目を挙げてみると、通信、信号、測量、となります。
幻想的な夢の世界はおぼろげで不確か。
その世界を確かなものと認めたいためにこういったものがちりばめられているかもしれません。

【エピソード3】  花巻の散歩道
賢治さんの弟の孫にあたる宮沢和樹さんに花巻を案内していただきました。
毎日の散歩コースやお気に入りの場所です。
木漏れ日のおちる階段を登っていくと、東北本線の線路がすぐ横を通っている不思議な場所にでました。こんな場所は賢治さんもきっとお気に入りに違いありません。
【エピソード4】  見たことのないイギリス海岸
プリオシン海岸のモデルとなっている場所が花巻にあります。賢治さんがイギリス海岸とよんで親しんだ北上川の岸です。
当時は現在の川幅の半分ほどまで白い岩肌の河原が広がり、砂浜のようになっている場所もあったようです。
ところが、現代になってその河原はすっかり水没して姿を現わすことがなくなりました。これは上流にダムが作られ、水量調整がされているためといわれています。少々残念ですが、これによって農業用水が田畑を潤していると考えると、賢治さんもイギリス海岸がたとえ没しても、こちらを望んでいたかもしれませんね。
【エピソード5】  イギリス海岸の取材

最も訪れた回数が多いのがイギリス海岸です。物語の世界を少しでもひもときたくて何か手がかりがないかと、毎回立ち寄りました。

イギリス海岸でなにか拾って喜ぶ。

大正時代のイギリス海岸とジョバンニ達のすむ世界のイメージを重ねて作られたシーン。

【エピソード6】  岩手軽便鉄道の取材

原風景の手がかりを探してどこまでも進む。

岩手軽便鉄道廃線跡の野道を分け入り、北上川にかかっていた橋の遺構を発見。

森の中にトンネルの遺構発見。トンネル内には煤がついていました。

【エピソード7】  ボールドウィン機関車取材

岩手軽便鉄道で6両が使われていたボールドウィン蒸気機関車。
愛知県の明治村に今でも同タイプの機関車が走っています。
映像作品中に使った汽笛や車内音は本作品のためにここで収録されました。

【エピソード8】  カムパネルラの星座盤

写真は、賢治さんが持っていたと推測される当時の星座早見盤です。一方、カムパネルラの持っていた星座盤は黒曜石でできているようですが、どのようなものだったのでしょうか。

北海道の十勝で採れる黒曜石を使って星座盤をつくったものがこちらです。実際につくってみると、黒曜石はガラス質で割れやすく、薄く加工するのが難しいようです。

【エピソード9】  アイデアスケッチ

わたしは作品制作の作業全てを東京のスタジオで行います。
スタジオまでは毎日往復2時間以上かけて電車通勤しています。そしてなんと、この通勤時間がアイデアを生み出す時間なのです。
毎朝、スタジオに着くまでにその日の作業計画を建てます。
作業の順序ややり方を考案、整理してグラフィカルなメモをとります。
仕事帰りも、新しい作品のアイデアや将来の夢など、自由に考えながらすごすので、楽しくあっという間の電車通勤です。

【エピソード10】  白い鳥
オープニングの旅立ちの渚の場面。
1羽の白鳥がいざないます。
その白い鳥をどこまでも追い続けることはかなわず、やがて視点は川の底へ没します。
頭上に輝く白い鳥はやがて永遠の星座へと昇華し、満天の星空に溶け込んでいきます。

これは賢治さんの原作にはない、わたしが創作した部分です。ヒントにしたのは次のものたちです。

  • 取材したイギリス海岸とその土手の上を当時走っていた岩手軽便鉄道
  • 「銀河鉄道の夜」出発点が白鳥停車場付近。
  • カムパネルラの発言
    「ぼく、白鳥を見るなら、ほんとうにすきだ。川の遠くを飛んでいたって、ぼくはきっと見える。」
  • 「銀河鉄道の夜」カムパネルラが本当の幸いを見つめて川で溺れてしまう話
  • 詩「カイロセイ」より
    水は銀河の投影のやうに地平線までながれ
    灰いろはがねのそらの環
    ……あゝ いとしくおもふものが
    そのまゝどこへ行ってしまったかわからないことが
    なんといふいゝことだらう……
  • 詩「白い鳥」より
    二疋の大きな白い鳥が
    鋭くかなしく啼きかはしながら
    しめつた朝の日光を飛んでゐる
    それはわたくしのいもうとだ
    死んだわたくしのいもうとだ
    兄が来たのであんなにかなしく啼いてゐる
【エピソード11】  電力が足りずに全PCがダウン

【2005.11.25】
アシスタントが掃除機をかけたとたんブレーカーが落ち、全てのPCがダウン。レンダリングパワーを上げるため1台ずつ増やしたPCの電力をまかないきれなくなったのです。応急措置としてスタジオの照明の蛍光灯を数本外し、薄暗い中レンダリングを再開しました。子供のころ見たアニメの宇宙戦艦が、必殺兵器チャージのため室内照明まで消していたことを思い出しました。 やはり最後は電力か、と思い知りました。

全PCがダウン

間引かれた蛍光管

【エピソード12】  声の収録とDVD特典の対談収録
【2006.10.11】
桑島さん、大場さんの声収録。
朗読の声をいつも聴いていましたが、その桑島さんのお声が3年ぶりに生声で聴けて感激。 DVDメイキング映像のための対談も行い、たいへん楽しい時間でした。
【エピソード13】  東京赤坂のプロセンスタジオにてDVD音声ミキシング

【2006.10.26】
東京赤坂のプロセンスタジオにてDVD音声ミキシング。
ナレーション、音楽、効果音を5.1chのサラウンドにミックスする作業です。20時間ぶっ続けで行いました。わたしや玲は聴いてあれこれ言うだけですが、作業をしてくださったエンジニアの安西さんの体力、集中力の持続に感服です。わたしの要求に最後までとことん付き合ってくれる精神にも感激しました。

【エピソード14】  東京麻布のアオイスタジオでミキシング

【2006.10.27】
劇場で鳴らすためのミキシングを、劇場サイズのスタジオを持つ東京麻布のアオイスタジオで行いました。

【エピソード15】  いよいよ最終調整

【2006.10.28】
再度プロセンスタジオで最終調整。

【エピソード16】  配給版「銀河鉄道の夜」が完成!

【2007.2.12】
満天での公開から7カ月かけて、ようやく配給版の「銀河鉄道の夜」が完成しました。満天で公開した画像は2200×2200ピクセルでしたが配給版は4000×4000ピクセルと、面積比が3.3倍の解像度になりました。15台PCを使ったCINEMA 4Dの再レンダリングに6カ月、After Effectsでの合成に2カ月の時間を要しました。
4000ピクセルのドームマスターは4Kと呼ばれますが、この4Kのデータを活かせるプラネタリウムはまだ日本にありません。現在はあきらかにオーバースペックなデータですが、10年後には主流となるでしょう。
やるからには業界最高品質でと思い4Kを手掛けましたが、計算時間、メモリー量、データ量などすべてが今の機材でギリギリ限界の世界、重油の海を泳ぐような作業は難航をきわめました。

【エピソード17】  約69000枚のドームマスター画像はテラバイト級
【2007.2.12】
各配給会社へ「銀河鉄道の夜」の映像データを発送。
映像データはドームマスターと呼ばれる丸い静止画像。この静止画像30枚で1秒分のアニメーションとなります。「銀河鉄道の夜」通常版は38分のアニメーションなので約69000枚のドームマスター画像をつくりました。
この全データ量は、データ圧縮をしても1.4テラバイト(1テラ=1000ギガ)。3か所の配給会社に通常版とショートカット版の2種を送るので、それぞれテラバイト級のハードディスク数台にわけて発送しました。1台のハードディスクにデータをコピーするだけで2〜3日かかります。
【エピソード18】  プラネタリウムにて「銀河鉄道の夜」上映チェック

【2007.3.8】
福岡県青少年科学館の「銀河鉄道の夜」上映チェック。

機上から見えた富士山

ポスターの貼られた館内

福岡県青少年科学館

【2007.3.13】
午前は日立シビックセンターの「銀河鉄道の夜」上映チェック。「銀河鉄道の夜」上映に使うリブラ製『はこにわシステム』は巨大な凸面鏡が特徴です。

午後は福島へ。
こむこむへも立ち寄りましたがたまたま休館日で残念。

音響チェックのため加賀谷玲も試写に参加

磐越東線で日立〜福島へ移動

乗り換えはのどかないわき駅

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